作品・仕事の価値について
あなたは自身の創造性/クリエイティビティーにいかほどの値段をつけるでしょうか。クリエイティブな作品やサービスの報酬において、正当な金額を示すのにはストレスがつきもの。壁に突き当たって結局どうしたらいいか分からなくなるほどたいへんなことのようです。
値段交渉をする時、到底払ってくれそうもない金額をクライアントに提示することに対して恐怖を感じるクリエイターもいることでしょう。また、クライアント側からこちらが思っていたより低い金額を示されれば侮辱されたように思うかもしれませんね。自分から金額を言うのを避けて、クライアントに決めてもらうのがいいという人たちもいますし。(そうすれば、お互いが対立することを避けられますから)
報酬を決める行為には、感情的な要素がのしかかってくるものです。しかし、値段交渉において全ての人に当てはまる基本的な決まりというものがあります。それは ↓
「作品・仕事の価値は、それにいくらの金額が払われるかによって決まる」
ということ。ただ、それだけのことなのです。極めてシンプル、感情的になって泣いたり歯ぎしりしたりする必要は全くないのです。あなたがXという金額で売りたいと思っている作品があり、ある人がYという値段で買うと申し出たら、その作品にはYという金額に値する価値があるという、それだけの話です。Yという値段で売ってしまうか、あなたの考える作品の価値に同意する人が現れるのを待つかはあなた自身が決めること。しかし、結局売れないというリスクも常にあります。いずれにしても、その作品の価値はYという金額であることに違いはないのです。
キーワードとなるのは「そのように見る」ということ。絶対的な価値というものは存在せず、作品を買う人がそのなかにどれほどの価値を見るかということなのです。他の人には全く無価値なものにも、自分にとって何らかの価値があるなら人は多くの金額を支払うのですから。
手入れがされておらず古びてしまった小型のグランドピアノがあるとしましょう。虫に食われ、湿った倉庫に20年も押し込まれていたような代物です。こんなピアノには何の価値もないと思われるかもしれない。処分するための費用のほうが高いかもしれません。しかし、もしそれがジョン・レノンがイマジンという曲を作った時に弾いていたピアノだと分かったら、それがどんなに無惨な状態であっても即座に値段がつけられないほどの価値を持つものに変わってしまうのです。
では、あなたの頭の中にあるアイディアの値段はどうだろう?斜陽になったエレクトロニクスの会社を世界のリーダー企業におしあげるようなすばらしいアイディアであったりしたらその価値は?
また、あなたが書いたストーリーに値段はつけられるでしょうか?あの、子供たちと魔法に関するお話のような。あなたが作曲した歌の値段は? 大きな価値があると同時に全く価値がない ー それをどのように見るのか ー あなたの作品をほしいと思う人の心が「どのように見るのか」で決まってくる ー そういうことなのです。
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